Motor Fan's YEAR 2016

三栄書房

NEWS

2016.8.28

「718ボクスターS」の魔性を前に欲望は抑えきれない!?【ゆとり世代のチョイ乗り報告】

「選択と集中」という言葉を聞いたことはあるはず。

強みを活かせる分野にリソースを注ぎ込み成果を上げるものであり、特定の分野にお金を惜しまないというポリシーを持つ人は意外と多いです。

かくいうワタクシはファッションやグルメには無頓着な一方で、クルマを妥協したくないと思っている次第であります。

そんなワタクシが理想とする1台は、見るたびに惚れ惚れするデザインと、血眼にならずとも速く正確に走れる性能と、優雅な乗り心地を兼ね備えたモデルであり、ポルシェのミッドシップスポーツカー「718ボクスター」と「718ケイマン」は選択肢のひとつとして注目していました。

さっそく購入を検討してみたわけですが、どうにも周囲の反応が冷たい。

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彼ら曰く、ポルシェオーナーは特別なスキルで富を得ており、一等地に築いた白亜の城には家族用と奥さん用のクルマが並べてあり、ポルシェは3台目でなければならないそうです。

それを聞かされたワタクシは意気消沈し、ポルシェは諦めて、みんなが選んでいる堅実なクルマを選ぶべきだと自分に言い聞かせました……

しかし、運命のイタズラか、目の前には「718ボクスターS」があり、その真価を自分の目で見極めるべきだと囁いているのです。

今回、用意された試乗車は「718ボクスターS」。

フロントバンパーのほか、ヘッドライトとテールライトの光り方や、リヤの「PORSCHE」ロゴを目立たせるようにするなど、これまでの雰囲気を壊すことなく、細部で違いが表現されています。

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むしろ中身の変化こそが目玉で、環境性能と動力性能を両立させたという水平対向4気筒ターボの新採用が吉と出るか凶と出るかが最も気になるポイント。

1988ccと2497ccと異なる排気量のうち、試乗車の「ボクスターS」が積むのは後者。ターボには低速度域での力強さを強める可変タービンジオメトリー(VTG)を採用するなどの専用チューンが施され、最高出力:350ps/最大トルク:420Nmを発揮します。

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さっそくエンジンを掛けると、部品ひとつひとつの細かな動きが奏でるメカニカルサウンドとマフラーから放たれる重低音が空間を満たし、回転数の上昇につれて音と振動の粒が揃っていくというハーモニーは健在。

走り出せば、1900〜4500rpmにかけて発揮される420Nmもの大トルクがもたらすスムーズな加速感や、路面の凹凸を見事にいなす足さばき、決してヤワな印象を抱かせない強靭なボディの剛性感も相変わらず。

それだけに、乗れば乗るほど心の中では「マイチェン前でも良いかも」という思いが膨らみつつありましたが、決断を下すには早かったようです。

今回の改良では、走行モードを変えるスイッチがステアリング上に移設されただけでなく、スポーツクロノパッケージ装着車には中央ボタンを押すと20秒間だけ最大ブーストが維持されるという新スキルが実装されています。

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ETCゲートのバーが上がるタイミングに合わせて何気なくポチッてみた瞬間、ギヤは1速まで落ち、メーター上では「20」のカウントダウンがスタート!

直感的にヤバイ雰囲気を感じ、そ〜っとアクセルに足を添えただけでも強烈なGがワタクシを背もたれに押し倒し、料金所から競走馬のように飛び出しました。

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残り時間が平穏に過ぎるのをじっと耐えようとも思いましたが、その強烈な加速でも一切ブレないステアリングに安心を感じたのも事実で、頭の奥底で「踏めぇ〜!!もっと踏むんだぁーーーーー!!」と叫ぶ自分がいる(チョット大げさ)。

残り19秒。覚悟を決めて、アクセルをググ〜ッと踏み込んでいく。エンジンを車体の中央寄りに配置するミッドシップレイアウトの前後重量は(前軸:630kg、後軸:780kg)と後ろが重めで、加速時はさらに荷重が車両後方へ加わるのですが、前輪の手応えはなくならず、ビタッと張り付いているような感覚はそのままに速度だけが上昇。

7速PDKが瞬時にギヤを上げていき、爆音を置き去りにするかのように一直線に加速。まるで世界が止まってしまったかのような錯覚の中、走行車線を走るクルマを次々と追い抜かし……いや、取り残して100km/hに到達。

メーターに表示される「15」という残り時間を見て、そもそも0-100km/hが4.2秒という性能の高さに加えて、新スキルのぶっ壊れ具合にただビックリ!

これまでの「ボクスター」の歴史を塗り替える新型の実力に直接触れられた幸せを、頭上に広がる青空を仰ぎ、歓喜しました。

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そんな刺激的な一面だけでなく、エコ性能の向上も新型の見所。

7km/hを下回ると作動するアイドリングストップ機能はもちろん、7速PDK仕様の場合は高速道路の巡航で積極的にクラッチを離して惰性での走行を行なうのですが、再加速で一切のシフトショックを起こさずにクラッチを繋げるという妙技が見事。今回の改良でその走りの幅は広がり、さらに深みも増しています。

この素晴らしい走りの反面、安全性や利便性での進化は小幅に留まっています。

まず気になったのは、右ハンドルの場合にペダル全体が車体中央に寄っているために右足の圧迫感が強いこと。さらに、ルーフを閉じれば後ろ側方の視界は当然皆無。新しいナビもスッキリしたデザインは美しいですが、スマホと比べると反応は鈍い。是非とも左ハンドルを選びたいところです。

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結局のところ、ポルシェの代表選手「911」の弟分として登場したという生い立ちや、オーナーにふさわしいとされる“身の丈”を挙げるのは、クルマが富の象徴だった時代の名残を捨てられないだけなのでしょう。

純粋な目で「718ボクスターS」をみると、これはクルマ好きが存分に楽しむためだけのクルマでしかなく、良い家に住んで、美味しいご飯を食べて、ブランド物に身を包んでオシャレをすることは果たして前提なのでしょうか?

もしかしたら、危うく丸め込まれるところだったのかもしれません。しかし、納車の暁には、彼らはワタクシを取り調べるに違いありません。それに対してワタクシはこう答えます。

「欲望を抑えきれなかった……しかし、選択は間違っていなかった」と。

(今 総一郎)

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